キリンヤガ / マイク・レズニック(著)

キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)

キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)

既に失われてしまった「伝統的な生活を送るキクユ族の世界」=「ユートピア」を作り出すために移住した小惑星キリンヤガで起こる様々なことを、主人公である祈祷師(ムンドゥムング)コリバの目を通して書いたSFの連作集です。
祈祷師はキクユ族の伝統を変化させずに守っていくことが目的の存在であり、その実践は様々な寓話を用いて民を教え、導くことによって行われます。
寓話の解釈、寓話から何を学びとるかは結局のところ個人によるのですが、祈祷師であるコリバが作中で述べる「優れた寓話は事実そのものよりも真実を明らかにする」という言葉が非常に印象的です。
実際この小説自体が寓話でありWebで本書の書評等を検索してみると本書「キリンヤガ」の主題は、「民族自決対個人の尊厳」と書いてる方やアフリカ大好きオジサンの描く、西洋文明vsアフリカの伝統。近代科学vs自然との調和。と書いてる方がいらっしゃって、成程、寓話とはそういうことなんだな、と思わせます。

私自身はこの本の主題として読んだのはユートピアという存在についてです。
コリバが定義するユートピアの至上目的は「伝統的な生活を送るキクユ族の世界」の維持です。良い/悪いに係らず世界に少しでも変化をもたらすこと、考え方について彼は排除します。
このため彼の民は外の世界と接点を持つことはありません(外の世界の影響を受けるため)。ところがユートピアを維持するためには実際には外の世界との接点を持つことが必要(作品中では保安局というのが出てきます)であり、この役割は祈祷師であるコリバが全て受け持っています。伝統を体現する祈祷師が伝統の外の世界との接点を持つ必要があるわけです。
聡明でなければ祈祷師は務まらない(コリバ自身はヨーロッパの教育を受けた知性に溢れる人物です)のですが、聡明な人間であればある程、自分の考えを持ち良いことを取り入れようします。しかしそは変化をもたらす行為です。コリバの弟子は聡明であったがためににユートピアを維持していくことの矛盾について思い悩み、ユートピアを去ることを選びました。
ユートピアは変化しないもの(変化していけばユートピアでなくなる)だが、世界の変化は内包されている(外から来る場合もある)ため管理する必要が出てくる。しかし管理された世界はディストピアでありユートピアではない、矛盾したものである。それは一瞬存在するかも知れないが、維持できないものであり、変化を止めようとする行為は無駄なことである、と私は読みました。

と、まあそんな感じですが、別にむずかしいことを考えなくてもおもしろく読める良い本だと思います。